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30代から始めるコミュニティ・マネジメント


BABAです。

 

30代になると仕事に慣れていく一方で、周囲はだんだんと結婚して子どもが生まれ、遊んでくれる友人が徐々に減っていきます。そういった状況変化の中で豊かであり続けるためには『コミュニティ・マネジメント』という考え方を取り入れていく必要があると考えています。

このコンセプト(?)について、詳しく書いていこうかなと思います。

 

1.  30代が置かれている状況について

話の前提として、「幸せの種類」について簡単に説明させてください。ヒトの幸せには「ストック的なもの」と「フロー的なもの」の2種類があると思うのです。

「ストック的な幸せ」とは、所有に対する喜びです。自分は何かを所有しているから、今後も豊かな時間を過ごし続けられそうだ、、という思いが喜びに繋がった状態のことを指します。

一方で「フロー的な幸せ」とは、その瞬間の体験に対する喜びです。ただその瞬間に快楽を感じたことが喜びに繋がった状態のことを指します。

 

「恋愛関係」を例に挙げて両者の違いを説明しています。

『今日の恋人とのデートが楽しかった』ことを、「このヒトとの恋愛関係は今後も続くから、これからもこの豊かな時間を継続して入手できそうだ」と感じて嬉しくなるのがストック的な幸せ。ただ純粋に、「あー、今日は楽しかったな」で終わるのがフロー的な幸せです。

 

いくつか具体的な対比例を、以下に挙げてみました。

ストック的な幸せの捉え方 フロー的な幸せの捉え方
恋人とのデート この恋人との豊かな時間が、ずっと続きそうなことが嬉しい 今日のデートは楽しかったな
友人同士の集まり この友人たちとの絆豊かな時間を、今後も過ごし続けられるのが嬉しい 今日の集まりは楽しかったな
自家用車 この愛車のある豊かな生活が、ずっと続くのが嬉しい 今日のドライブは楽しかったな

こんな感じで、同じ現象に触れていても「所有しているから今後も豊かさを享受し続けられそうだ」とストック的に感じることもできるし、「今日は豊かな瞬間・時間を過ごせたな」とフロー的に感じることもできます。

 

さて、なんでこんな話をしたのかというと、今の30代はあらゆる意味で「ストック的な幸せ」から「フロー的な幸せ」へ転換が求められる状況に置かれていると思うのです。

 

世代的には結婚や出産により、自然と『学生時代の友だち』のコミュニティが崩壊していきます。時代の流れ的には終身雇用がなくなり、会社への所属はストック的な幸せを保障してはくれなくなりました。身体的には衰えが始まり、20代ではできたことができなくなってきます。

 

だから、同じ現象を体験しても「所有しているから今後も同じ現象を再現性をもって体験できそうだ」とストック的に感じることが難しく、「あー今日は楽しかったな」とフロー的に感じるしかなくなっていく訳です、、

このような環境変化に適応するために、幸せを感じるメカニズムを大きく変えることに迫られているのが今の30代だと捉えられるのではないでしょうか。

 

「いや、さっさと結婚してストック的な幸せを目指そうよ」というツッコミはありつつ、『それができるならやっとるわい!』という反論と『結婚に期待しすぎるのも間違いじゃない?』という諦めがあると思うのです笑

 

 

2. コミュニティ・マネジメントの必要性

所有によるフロー的な幸せを感じられなくなった状況変化を受け入れて、それでも前に進むためには少数のコミュニティへ依存している状態を脱出しなければなりません。

ヒトが豊かさを感じるためには他者との交流が必要ですが、これから「会社の同期」や「地元の友だち」といった気心が知れたコミュニティが少しずつ崩壊していくとすれば、新しいコミュニティを模索せざるを得なくなります。

 

しかしながら新しいコミュニティというものは、ありのままの自分を受け入れてはくれません。社会にはいろんなヒトがいて、異なる価値観があるように、コミュニティにもそのコミュニティ独自の文化・価値観があります。

このため新しいコミュニティに所属しようとすると、必ずどこかの側面で自らの価値観が否定されることになるため、大なり小なり絶対に嫌な思いをすることになります。

 

さらに言えば、コミュニティにおいては参加者同士で必ずマウントポジション争いが発生します。

異なる価値観を持ったコミュニティ参加者同士が「このコミュニティを自分にとって居心地の良いものにしたい」と感じて行動すれば、自然と主導権争いが発生するのです。

「コミュニティにおける価値観」と「自分の価値観」の交わりが大きければ大きいほど自分にとって居心地が良くなるものなので、これはもう仕方のないことだと捉えるのが正しいのではないでしょうか。

 

哀しいかな、ヒトの出入りがあるコミュニティでは必ずマウントポジション争いが必然的に起こるのですね…

 

そういった前提を踏まえると、我々に残された選択肢は以下のA ~ Dの4つしかなくなります。

  1.  他者との争いを避けて自分の世界 / デジタルの世界にひきこもる
  2.  コミュニティを自分色に染めていく
  3.  コミュニティと自分が双方ともに豊かになれるようなコンセプトを提示する
  4.  複数のコミュニティに参画し、嫌な思いをしたら逃げる(推奨)

 

Aは、お手軽な選択肢です。他者から否定されることなく、自らが傷つくこともない。アイドルなどの他者性のない他者にのめり込んだり、アニメやマンガなどの世界に入り込む。

これも1つの生き方だと思いますし、戦い疲れてしまったらAの生き方を通じて回復するべきだと思います。

 

Bは、ある意味で強い選択肢です。マウントポジション争いに加わり、自分色に染まってくれないヒトたちを排他しようとする動きになります。僕は私利私欲のためにこういうことをする人は本当に嫌いなのですが、これも生き方として1つの選択肢だなと思います。

マウント争いを仕掛けるということは、敗れて全面的に否定されて傷つくことを覚悟しなくてはならない訳で、そういう意味では見習わなければならない生き方だなと。

 

Cは、賢くて一部のヒトしかできない選択肢です。価値観の異なる『自分』と『相手』が双方ともに豊かになれるようなコンセプトを提示して、力強く実行できるなら、コミュニティを自らが居心地の良いものに変えることができるかもしれません。

ただ、こういう能力を習得するのは至難の業です。とてもタイヘン。。ですが、理想的にはこういうことができるようになりたいものです。。

 

Dが、もっとも現実的な選択肢となるのではないでしょうか。複数のコミュニティに参画し、そこで嫌な思いをしたら他のコミュニティへ移動する生き方です。そして、「今日も楽しかったな」というフロー的で刹那的な幸せを感じて生きる。

そして、Dの生き方をするためには複数のコミュニティに参画した状態を作っておく必要があります。1つしか参画しているコミュニティが存在しないと、そこに執着せざるを得なくなるためです。。

 

だからこその「コミュニティ・マネジメント」であり、常に複数のコミュニティに参画している状態をデザインし続けることが、30代からは求められていると思うのです。とても面倒に感じられるかもですが、豊かさを得るためには一歩一歩頑張るしかないです。。

 

思いかけず長文になってしまいました。「今日も1日頑張るぞい!」だなと思います。

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